2025/10/29
ホオノキの樹高は幹の太さで推定できました
胸高直径を測るだけでホオノキの樹高を推定できる。こうした研究によって、ちょっと面倒な樹高の計測がDBHからわかる。もしくは逆に樹高の推定からDBH,そして材積の予想ができるんです。そんな、森林学の知識の切れ端を紹介します。

研究って、何の役に立つんだろう?
修士論文に追われる日々の中で、ふとこんな疑問が頭をよぎってます。
「私は今、何のために研究をしているんだろう?」
たぶん、多くの平凡な人間はこういう思いを抱えながらいつも研究をしていくのが常です。
研究室では毎日データと向き合い、論文を読み、分析を繰り返すーでも、この作業が社会にどう役立つのか、実感が湧かないときもあります。正直なところ、研究が自分に向いているのかどうか、わからなくなることもあるのです。
そんな折に読んだ論文を見ながら、研究準備の逃避のために、研究でわかったことがどうやって応用できるのかっていうのをみなさんに共有したくなりました。
紹介するのは小林ら(2021)による「日本の主要樹種75種の樹高と胸高直径の関係」という研究です。
ホオノキのどうでもいい話に詳しくなりたい人、樹高とか胸高直径ってよく聞くけどどんなものかよくわからないって人の思いに、少しでも答えられたら嬉しいですね。
ホオノキの樹高は、幹の太さからわかる
【お詫び】スマートフォンでご覧の方へ:この記事に含まれるグラフや数式が画面幅に収まらず、表示が崩れる場合があります。申し訳ございません。PC環境での閲覧を推奨いたします。
森林調査で樹高を測るのは、実はかなり大変な作業です。
測高ポールを使ったり、レーザー測距儀を使ったり、機材も必要ですし時間もかかります。特に密生した森の中では、木の頂点が見えないこともしばしばです。
でも、もし胸高直径(DBH)を測るだけで樹高がわかるとしたらどうでしょう?
胸高直径とは
胸高直径とは、地上1.3mの高さで測る幹の直径のことです。
だいたい胸の高さが1.3mくらいなので「胸高」のところの樹木の「直径」で「胸高直径」と呼ばれます。
メジャーを幹に巻き付けて円周を測り、それを3.14で割るだけ。樹高測定に比べれば、圧倒的に簡単で早い作業です。
(調査で使うものはすでに幹周を3.14で割ったメモリが表示された幹直径巻を使います)
実は、ホオノキの場合、この胸高直径から樹高をかなり正確に推定できることがわかっています。
なぜ、そんなことが可能なのか?
それは、小林ら(2021)が日本全土から集めた約26,000本のデータをもとに、樹種ごとの「樹高と胸高直径の関係式」を明らかにしてくれたからです。
この研究では、Chapman-Richards式という数式を使って、75種の樹木について胸高直径から樹高を推定する式を導き出しました。ホオノキもその一つです。
データは全国663地点から収集され、ホオノキだけで297個体、88地点のサンプルが含まれています。
アロメトリー式って何?
ここで使われているChapman-Richards式は、生物の成長パターンを表現するための数式です。ホオノキの場合、以下のような形になります。
$$H_G = 1.3 + a(1 - e^{-bD})^c$$
少し難しく見えるかもしれませんが、各記号の意味はこうです:
- $H_G$:樹高(m)
- $D$:胸高直径(cm)
- $1.3$:胸高の高さ(m)
- $a$:最大樹高(ホオノキの場合、平均で16.3m)
- $b, c$:成長の仕方を決めるパラメータ(ホオノキでは $b=0.077$、$c=1.29$)
式の意味がわからなくても大丈夫です。
重要なのは、胸高直径 $D$ を代入すれば、樹高 $H_G$ が計算できるということ。つまり、メジャー1つで幹の太さを測るだけで、木の高さがわかってしまうのです。
そして、樹高というのは、胸高直径が大きければ大きくなるけども、比例関係ほど単純ではないよ。っていうことがこの式からわかりますね。
じゃあ、実際のホオノキってどれくらいの大きさ?
平均的なホオノキのサイズ感
論文のデータによると、ホオノキの最大樹高は平均で16.3mです。胸高1.3mを足すと約17.6mになります。
さらに、立地環境が特に良い場合(統計的には上位5%の環境)でも、最大で25.2m程度。胸高を含めると約26.5mが理論上の上限とされています。
つまり、ホオノキは基本的に16m前後の高さで、どんなに恵まれた環境でも25m程度が限界ということです。スギやヒノキのように30mを超える巨木にはならない樹種なんですね。
DBH別の樹高イメージ
具体的に、胸高直径ごとの樹高を計算してみましょう。
| 胸高直径(DBH) | 推定樹高 $H_G$ |
|---|---|
| 15 cm | 約 11.1 m |
| 20 cm | 約 13.3 m |
| 25 cm | 約 14.9 m |
| 30 cm | 約 15.9 m |
| 35 cm | 約 16.5 m |
| 40 cm | 約 16.9 m |
| 45 cm | 約 17.2 m |
| 50 cm | 約 17.3 m |
胸高直径が30cmくらいになると、樹高は約16mに達します。それ以上太くなっても、樹高はあまり伸びず、17m前後で頭打ちになることがわかります。
DBHが44cmのホオノキ。メモリが逆向きなのは御愛嬌

44cmのホオノキは式では約17mそうだが、たぶん20m以上はある
ちなみに、飛騨の調査地では樹高27mほどのホオノキも何本か見かけました。
論文のデータでは優良立地でも26.5mが理論上の上限とされているので、飛騨のホオノキはかなり恵まれた環境で育っているのかもしれません。
あるいは、この式で想定されている範囲をわずかに超える「外れ値」なのかもしれませんね。
研究結果なんてたいていそういうもんです。こういう外れ値の扱いに困ることが多々あります。

脅威のDBH=60cm

どでかい風貌。樹高は27mほどあった
初期成長が早く、だんだんと頭打ちになる理由
| 胸高直径(DBH) | 推定樹高 $H_G$ |
|---|---|
| 15 cm | 約 11.1 m |
| 20 cm | 約 13.3 m |
| 25 cm | 約 14.9 m |
| 30 cm | 約 15.9 m |
| 35 cm | 約 16.5 m |
| 40 cm | 約 16.9 m |
| 45 cm | 約 17.2 m |
| 50 cm | 約 17.3 m |
表を見ると、胸高直径が小さいとき(15〜30cm)は樹高が急に変わりますが、太くなると(30cm以上)ほとんど変わらなくなります。これは、式の中のパラメータ $c=1.29$ が関係しています。
簡単に言うと、ホオノキは幹が細いときは樹高も低く、太くなるにつれて急速に高くなり、やがて頭打ちになるという成長パターンを持っているのです。
この「地味な数式」が、なぜ役立つのか
ここまで読んで、「で、それが何の役に立つの?」と思われるかもしれません。一見すると、ただの数式遊びに見えるかもしれません。
でも、この「地味な基礎研究」は、実は様々な場面で役立っているのです。
現場での効率化に役立っている
森林調査では、何百本もの樹木を測定します。そのとき、すべての木の樹高を測るのは大変な労力です。
でも、このアロメトリー式があれば、胸高直径だけ測ればおおよその樹高がわかります。作業時間は大幅に短縮され、調査員の負担も減ります。
実際には、何本かの胸高直径と樹高を測っておくことで、その対応関係を求めたパラメーターを出します。それを他のDBHしか測っていない木々にあてはめることで、より現地の状況に対応したアロメトリー式が作れるんです。
さらに、樹高と胸高直径がわかれば、材積(木材の体積)や炭素蓄積量も推定できます。
つまり、この式一つで、森林の資源量や環境価値を評価する基礎データが得られるのです。
最近話題のカーボンクレジットでも引っ張りだこです。
カーボンクレジットの方法
カーボンクレジットとは$CO_2$ 吸収量を取引する制度です。企業などが、森林のCO2吸収分を購入することで実質的な排出量を0にすることができる方法として期待されています。

日本で一般的に使われる CO₂固定量の推定式 は、**温室効果ガスインベントリ報告書(NIES, 環境省)**に基づいており、次のような手順と式で求められます
基本式
$$ \text{CO₂固定量 [t]} = V \times D \times BEF \times CF \times \frac{44}{12} $$
各項の意味
| 記号 | 名称 | 内容・意味 | 単位 |
|---|---|---|---|
| (V) | 幹材積 | 立木の幹の体積(胸高直径と樹高から推定) | m³ |
| (D) | 樹種別基本密度(気乾比重) | 木材1m³あたりの乾燥重量 | t/m³ |
| (BEF) | Biomass Expansion Factor(バイオマス拡張係数) | 幹以外の枝葉・根などを含めた全バイオマスへの拡張係数 | ― |
| (CF) | 炭素含有率 | 木材中の炭素割合(通常0.5とされる) | ― |
| (44/12) | 炭素→CO₂換算係数 | 炭素の分子量12に対し、CO₂の分子量44の比 | ― |
- 幹材積 (V) をもとに、樹木の全乾燥重量を推定します((V × D × BEF))。
- その中の炭素量は (CF) を掛けることで得られます。
- 炭素量をCO₂重量に変換するために (\frac{44}{12}) を掛けます。
例えば日本の森林でよく見られるスギ林の場合
| パラメータ | 値 | 備考 |
|---|---|---|
| (V) | 1.0 m³ | 幹材積 |
| (D) | 0.38 t/m³ | スギの平均比重 |
| (BEF) | 1.3 | 環境省報告書より |
| (CF) | 0.5 | 一般値 |
$$ \text{CO₂固定量} = 1.0 \times 0.38 \times 1.3 \times 0.5 \times \frac{44}{12} = 約0.9 [t-CO₂] $$
となります。この幹材積はDBHから計算できるので、DBHがわかれば森の$CO_2$ 固定量も推定できるんです!
森林所有者の新たな収入源として期待されているカーボンクレジットですが、今現在ほとんどの算定はこの方法を使ってドローンや航空レーザーによる調査で行われています。
逆算の発想:ドローンから炭素量まで
もう一つ、面白い応用があります。それは逆算です。
最近では、ドローンで撮影した画像から、森の木々の樹高を測定する技術が発展しています。
ドローンで樹高がわかったら、今度はアロメトリー式を逆向きに使って胸高直径を推定できます。
そして胸高直径がわかれば、材積や炭素蓄積量も計算できる。
つまり、こういう流れです:
ドローン空撮 → 樹高測定 → DBH推定(アロメトリー式) → 炭素蓄積量算出
空から撮った写真一枚で、森林がどれだけ炭素を蓄えているかがわかる――そんな未来が、この「地味な数式」の先にあるのです。

おわりに
少しは堅苦しそうな「研究」の成果を楽しんでもらえましたか?
アロメトリー式は森林学を専攻する大学生であれば初年度に学ぶようないわば必須の知識です。
このような地道な研究によってわかったことの積み重ねで今の実生活に役立つ技術が生み出されていると思うと、私自身の研究も、今はまだ意義が見えにくいかもしれないです。
でも、いつか誰かの役に立つ「つながり」の一部になれるかもしれない。そう思うと、少し前向きになれます。
まだまだ私の研究も模索中です。でも、こういう発見があるから、研究は面白い。
この記事が、「研究って何の役に立つの?」と疑問に思っている誰かにとって、少しでも答えになれば嬉しいです。
また、自分の研究がいつか誰かの役に立つ「つながり」を生み出すことができたら嬉しいですね。
参考文献はこちら
小林勇太, 堀内颯夏, 鈴木紅葉, 森章 (2021) 日本の主要樹種75種の樹高と胸高直径の関係. 日本森林学会誌, 103(2), 168-171. https://doi.org/10.4005/jjfs.103.168
この記事では、上記の論文の内容を一般の方にも読みやすいよう大幅に噛み砕いて紹介しました。
専門的な詳細については原著論文をご参照ください。
できる限り正確を期していますが、もし誤りや改善点があればぜひご指摘ください。